日本の米カレンダーの24年

日本の米カレンダーのあゆみ


<棚田ブームの元祖と呼ばれて>
当時は水田など見向きもされない時代。
「一人でも二人でもよい、どうぞこちらを向いてと、祈るような思いで始めた」(『水と緑 日本の原風景』)。
「棚田」の語もまだ使われず、私も「段々畑」の語を使っている。
「水を張った段々畑を見て下さい。なるほど小さなダム群が山の斜面にはりついているなあ、という姿ではありませんか」と。
それがたちまち棚田ブームになり、棚田を撮る人たちが増え、後に棚田学会まで出来るのである。
(なお、水田はダムという『水と緑と土』以来訴え続けて来た理論も、このカレンダーで急速に世に浸透するようになる。)


<小学校から大学入試まで>
企業、団体はもとより小学校教材に、英訳は大学入試に使われるなど読者層も幅広く、年末年始には主婦たちが売って歩いての支援活動が始まった。政府や研究者たちの海外への資料にも活用された。「農業を止めようと思っていたが、思い直して続けることにした」 といった読者の声がどれほど寄せられたことか。

<国際ブランドに>
カレンダーは英訳付きであり、たちまち国際ブランドになった。2004年は国連の国際コメ年だったが、国連を動かしたのもこのカレンダーだったと見られている。現在でも 国連やEU、アメリカなどの関係者から、今年はまだか、と催促のメールが来たりする。


1974年1月 『水と緑と土』(中公新書)で森林と水、農林業の多面的機能論など提起
1989年 「富山和子が作る日本の米カレンダー、水田は文化と環境を守る」1990年版を創刊。
(株式会社ジャパンプレスフォト刊。)
1990年3月 NHKテレビコラム、富山和子「私のお米カレンダー」放送
1991年 (1992年版より株式会社サン制作刊。)
1997年3月 ハーバード大学に招かれ「水と日本文化」と題して講演 カレンダーを紹介
1998年 カレンダー10周年記念出版『水と緑の国 日本』講談社刊
ハーバード大学での講演録も収録
1999年9月 アジア米基金準備会議(於バンコク)に日本代表として出席、カレンダーを披露、これが出席者にショックを与え、2004年、国連の国際コメ年制定につながる
2001年1月4日 NHK視点論点(21世紀100年の巻頭番組として放送)「水田は文化と環境を守る」NHK総合、教育
2004年 国連の国際コメ年。(富山和子、国際コメ年日本委員会副会長)、カレンダーが国連を動かしたといわれる
2004年10月 つくば食と農の科学館でカレンダー展。翌年3月まで約半年開催。
パネル展示の他、「富山和子の朗読と音楽による映像詩、日本の米カレンダー」を上映。
以来現在まで毎年開催
2005年 海神社(奈良県宇陀市室生)に富山和子の詩碑建立
20年毎にお社を建て替える式年造営に際し、記念に詩碑を建立。
詩はカレンダー1996年版1月の1節。
2006年2月 『ナショナルジオグラフィック』3月号特集、富山和子「日本列島との対話」
2008年 カレンダー20周年記念出版『水と緑 日本の原風景』家の光協会刊
2010年8月 天皇皇后両陛下、カレンダー展に行幸啓。
両陛下には創刊の当初からカレンダーを熱心にご愛読下さり、毎年お会いするたびに激励のお言葉を頂いていたが、猛暑のこの夏、つくばのカレンダー展に行幸啓遊ばされた。
2012年 富山和子 みどりの文化賞受賞。
2012年 (2013年版より株式会社国際カレンダー刊)
2013年 日本の米カレンダー25周年記念号。
『水の文化史』『水の旅』中公文庫として出版。この2冊は富山和子の代表作。文芸春秋刊がしばらく絶版になっていたが、このほど中央公論新社から出版され、これで『水と緑と土』『日本の米』(中公新書)と合わせ「富山和子の水の4部作」と呼ばれていた4冊が1つの版元に。
2016年 水の文化研究所デジタル館「富山和子の瑞穂の国学」を開設準備。 日本文化の土台について世界に向け紹介する。

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