富山和子ご挨拶

日本の米カレンダー2019年版が出来ました。
創刊30年です。


■こんなに長く続けてくることが出来たのは、一にも二にも読者の皆さんが背中を押してくださった からでした。これで終りにしようと幾度思ったことでしょう、が、その都度、来年は、という声がかかり、この仕事が「曆」であることを私に教えてくれるのでした。
十数年前のことです。こんなことがありました。奈良、室生三本松の海神社からお便りが届きました。 「海神社では20年に一度、お社を建て替える、式年造営の伝統があります。今年はその式年造営の年にあたりお社の造営の他清冽な自然湧水を手水舎に導水する工事も行われ、その記念に次のような 詩碑を建てたいのです」と



私の作には違いないけれど、いつ書いたのでしょうか。調べてみるとなんとそれは、10年も昔の作品、1996年1月のカレンダーの1節だったのです。海神社の神主さん,氏子さんのみなさん方も、実に10年もの間この日まで、 私の詩をあたためていて下さったことになります。お社の造営の他お手水舎への導水工事も、碑の除幕式も、地元町を挙げて盛大にとり行われたとのことでした。日本列島の土台を築き、日本文化を育ててきた先祖たちの、その心を心としたいと願い建立されたと伺いました。
こうして私の過去の作品が10年もの間あたためられ、光があてなおされ、石碑になってこれから末永く参詣の皆様に読んで頂くことになるわけですが、このことは昔のカレンダーが再び命を与えられたことであり、作者としてこの上ない幸せです。

■この三十年間 この活動を一貫してご支援くださったのは皇后陛下でした。 2010年8月には日本の米カレンダー展(つくば食と農の科学館)に天皇皇后両陛下おそろいで行幸啓遊ばされました。皇后さまはこのカレンダーのために額を作らせ、毎月ご自分で入れ替えられ切り取った分を改めて和英つき合わせて一言一句お読み返しになり、何かお気づきのことがあればわが家にお電話をくださいます。その額は、御所の二階に飾られています。

■最近、「江戸時代、江戸は世界一の大都市だった。その秘密は、功績者は誰か」などと取り沙汰されています。「米の文化」を考えればよいのです。日本列島は、二度にわたる大改造の結果である。『日本の米』(この本は日本列島改造の通史です。)
ご報告したいことはまだまだありますが、心に残るそれらのお話をご紹介し、皆様への心からの御礼の言葉に代えさせていただきます。   



永いあいだ、本当に有り難うございました。 富山和子


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